2016年4月18日月曜日

家彫と町彫について

家彫

装剣金工のうち,後藤派の彫った鐔 (つば) や小道具などの総称。民間の町彫に対する名称。後藤家は初代の祐乗 (ゆうじょう) 以来歴代の将軍家にかかえられて,装剣金工の制作にあたった。江戸時代以降,将軍家はじめ大名が正装する場合は,後藤派の制作に成る装飾金具で刀剣を飾るのが定例であった。


町彫

後藤派以外の装剣金工師の作品。後藤派の家彫 (いえぼり) に対する語。元禄初期 (1690頃) に横谷宗 珉 (そうみん) が江戸幕府おかかえの後藤家から野に下り,片切彫と独特の絵画風の図案による作品を発表したのに始る。


と言うマルコピペ。

落語「宗珉の滝」も面白いので是非読んでみて下さい。

珉に限らず、他の金工でも、二代目とか養子をとっても技量が足らず離縁とか、放蕩息子っぽいエピソードに事欠かないのは非常に興味深い。

鉄元堂もその様なエピソードがある。

後藤家は不勉強でわからないが、超名門ゆえの苦労があったことは想像に難くない。


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