地図に載っていない「20人の社交場」
子供が「駄菓子を買いに行く」と言い出しました。
詳しく聞くと、近所にGoogleマップにも載っていない駄菓子屋があるというのです。
半信半疑でグーグルマップを開いてみると、確かにそこには建物がありました。近年建てられた新しい建物のようですが、ネット上には名前すら存在しません。
さらに聞けば、そこには日々20人近い子供たちが集まり、お小遣いを握りしめて「交流」しているという。
ネットのアルゴリズムが1ミリも関与していない、子供たちだけの「聖域」がそこには息づいていました。
語り継がれる「ストリートの掟(ルール)」
我が子にお小遣いを渡し、一人で買いに行かせると、大量の駄菓子を抱えて帰ってきました。
その姿に、自分の子供時代を重ねて懐かしさに浸っていると、子供が「当たりが出た!」と叫びました。昔ながらのラーメン型のお菓子です。
「今すぐ交換しに行かなきゃ!」
血相を変えて飛び出そうとする子供に、「今行くのか?」と尋ねると、驚くべき答えが返ってきました。
「今日中に交換しないといけないっていうルールがあるんだよ」
結局、再訪した子供が店主に確認すると、当日でなくても大丈夫だったようです。
おそらく、他の子供たちから聞いた話を真に受けたのでしょう。
これこそが、かつての私たちが身を置いていた「ストリートの掟」です。
公式な規約ではなく、子供たちの間で語り継がれる「口伝(くでん)」。
不確かな噂に一喜一憂し、時には間違えながら学んでいく、小さな小さな社交場のルール。
失いたくない「予測不能な学び舎」
今のネットなら、当たりの交換期限なんて1秒で「正解」に辿り着けます。
そこには勘違いも、無駄なダッシュもありません。
しかし、効率化されすぎた世界では、「本当はこういうのもありなんだ」「こっちの方が面白いかも」という、自分の殻を破るような気づきが失われてしまいます。
マップに載っていない駄菓子屋は、現代において稀有な「予測不能な場所」です。
そこは、子供たちが自らの足で歩き、耳で聞き、生のコミュニケーションを通じて社会を学んでいく、地域の貴重なコミュニティでした。
デジタルな画面の中からは決して見つからない、路地裏の「名もなき建物」にある体温。
こんなワクワクする場所が、どうか長く続いてほしい。
駄菓子を頬張る子供の姿を見ながら、私はネットが忘れさせてしまった「大切なノイズ」を、少しだけ取り戻せたような気がしました。
便利すぎる世界は、人を思考停止に追い込むことがあります。
たまにはスマホを置いて、地図に載っていない場所を探してみる。そんな「非効率な冒険」こそが、今の私たちには必要なのかもしれません。
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