2026年3月16日月曜日

検索エンジンが「正解」を出しすぎる。私たちが失ったのは、予測不能な「ノイズ」だった。

 最近のインターネットを徘徊していて、ふと思うことがあります。

**「あぁ、またこれか」**という感覚。


検索窓に文字を打ち込めば、私の好みを完璧に理解したAIが、まるで鏡を見るように「私が欲しがっていたもの」を差し出してくる。

自分の意図に反するもの、予想だにしないもの、そして「自分の殻を破ってくれる異物」に、驚くほど出会えなくなっていると感じます。


今のネットは、私たちが不快に思うものを徹底的に排除し、心地よい情報だけで周囲を囲い込んでくれます。いわゆる「パーソナライズ」です。


でも、これが逆に不快に感じるようになってきました。


商品を探していても、バチッとイメージ通りのものが出てきてしまう。

そこには「あ、こんな選択肢もあったのか!」という発見も、使い勝手の良さに驚くような「気づき」もありません。


最短距離で正解にたどり着くことは効率的ですが、それは同時に**「寄り道の楽しさ」を奪われている**ということではないでしょうか。


昔のネットは、もっと「不親切」で「自由」だった

かつてのインターネットは、もっと混沌としていた気がします。

目当ての情報にたどり着くまでに、誰かの熱すぎる個人サイトを通り過ぎたり、全く興味のない分野の掲示板に迷い込んだり。


その「無駄」や「ノイズ」の中にこそ、今の自分を形作る意外な出会いが転がっていました。

今のAIによる最適化は、私たちの知的好奇心を「予測可能な範囲」に閉じ込めてしまっているように思えてなりません。


効率を捨てて、「ノイズ」を拾いに行く

「あ、こういうのもアリなんだ」

そう思える瞬間は、自分の予想を裏切られた時にしか訪れません。

あえて「ノイズ」にまみれる時間を大切にしたい。

そんな風に思う今日この頃です。