2020年11月24日火曜日

世田谷一家殺害事件 (弐)一橋文哉の正体

●一橋文哉の正体

一橋文哉はペンネームであり、本名は広○○○美。

「サンデー毎日」元副編集長。

ちなみに、一橋文哉の由来は「一橋=千代田区一ツ橋=毎日新聞
&文哉=ブンヤ=新聞記者」と考えられている。

Wikipediaに本名こそ載っていないものの、詳しく書かれている。

一橋文哉という名前からして、藤村由加の様に複数記者等の集団執筆というふうに考察されてもいるが、広◯さんでほぼ間違いなさそうだ…
(藤村 由加(ふじむら ゆか)、4人の女性執筆者集団のペンネーム。佐藤まなつ、北村まりえ、榊原由布、高野加津子の4人の名前から一文字ずつ取っている。)

毎回必ず〝犯人〟に会い、〝新事実を発見〟するなど、〝世紀の大スクープ〟を連発している。しかし、その後、新聞やテレビが後追い報道したことは無い。



●「早川清」が育てた“スター・ライター”「一橋文哉」の正体

『週刊新潮』編集長の早川清氏は、1978年(昭和53)年に入社後、93年までの15年間、同編集部に属したあと、93年4月から月刊誌『新潮45』に在籍していた。そこで7年ほどを過ごしているが(うち2年は編集長)、その間、著名な“スター・ライター”を発掘・育成してきたことはあまり知られていない。

 その最大のものは「一橋文哉」なる、その名では実在しない、架空名称のライターの存在であろう。すでに新潮文庫でも5冊の著作があり、新潮ノンフィクションにおいては売れ筋になっているようだ。かつてこのライターについては、休刊した『噂の真相』誌が二度ほど取り上げたことがある。

●『新潮45』のオウム・ウォッチャー 一橋文哉の盗用常習で発覚した“正体”(96年7月号)

●『新潮45』を舞台に活躍するスターライター 一橋文哉のノンフィクションの手口――世田谷一家惨殺事件ルポに見る過剰な創作表現と盗作疑惑、そしてその“正体”とは‥。(2002年7月号)

 いずれも一橋の記事に対し、“盗作疑惑”を指摘したものだが、『噂の真相』誌で指摘された「サンデー毎日にいたH記者」なる人物がだれのことを指すかは、業界内ではさまざま取りざたされてきた。

 だがこのほど、一橋が執筆した『オウム帝国の正体』(2000年7月刊)なる書物に対し、カザフスタン国籍の女性らが名誉毀損で訴えていた民事裁判で、1月末、東京地裁は「請求棄却」の判決を出した(その後原告側は控訴)。注目されるのは、判決文の最初のページに記載された次の文字である。

 「一橋文哉こと広野伊佐美」

 広野氏は元毎日新聞記者で、『サンデー毎日』編集部に所属したこともある。つまり、「H記者」に該当する人物だが、毎日新聞東京本社の住所が「一ツ橋」なので、そこから誕生した筆名との説を裏付けた格好である。
上記の裁判で、被告の一橋本人は出廷せず、かわりに証人として出廷したのが、なぜか週刊新潮の「早川清」と「竹中宏」の両氏だった。
早川氏は尋問において、一橋の本名は「一切明らかにしていない」「個人名をあげることができない」と繰り返し、自身が、“一橋文哉取材班”なる社内外の複数の者によって構成される“秘密グループ”の『とりまとめ役』であることを明らかにしている。

さらに裁判官から、「広野さんが執筆にかかわったということでよろしいですか」と尋ねられると、早川氏は「そのことについては私どもは争いませんし、お答えは控えさせていただきたいと思っています」と回答。

同じ日(2004年10月1日)に出廷した竹中氏は現在、週刊新潮編集部に所属する記者だが、フォーカス編集部に属した時代、“一橋取材班”の一人であったようである。

いずれにせよ、「一橋文哉」は、かつて『噂の真相』誌で指摘された“盗用常習”なる重大疑
惑に対し、釈明したことは一度もない。≪新潮ジャーナリズム≫としては、“名折れ”の事態ではないのか。

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